忍者ブログ
鉄道関連とその沿線、中部国際空港駅発列車等を取り上げています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


キハ11が営業運転を開始してから、来週で25年目を迎えます。
 記念行事としては25年を振り返る企画がすぐに思いつきます。
 これを念頭に書籍を探したところ、渡利正彦氏の「岐阜駅物語」という岐阜新聞社発行書籍に行き当たりました。
 この書は平成13年に発行されたもので、年表には1999年のダイヤ改正まで掲載されています。
 岐阜駅に出入りしている東海道本線、高山本線の列車の様子や、岐阜駅の高架化工事時の写真なども収録されています。
 私はその中でも1989年~2000年の写真を見たのですが、この書は写真を見るだけでも楽しいものです。
 1.1988年、岐阜駅に到着するキハ40 577の単行
 2.1989年、下呂行727Dに充当されたキハ11
 3.1996年、岐阜駅4番線に停車するキハ11-104単行
 4.2000年、飛騨金山行743Dに充当されるキハ47

 1.キハ40 577は後にワンマン運転機器搭載とデッキ仕切り撤去改造を受け、現在はキハ40 5802となっていますが、キハ48運用の代わりか増結がほとんどで、高山本線では単行で営業運転に用いられることは珍しくなりました。同年頃にキハ40単行が岐阜~美濃太田においてもピストン運転を行っていたそうです。

 2.キハ11が白川口以北に乗り入れなくなった時期については記載がありません。噂として下呂方面へ乗り入れていたとは耳にしていました。美濃太田から車両が変更された可能性もありますが、実際に下呂まで入っていたかもしれません。

 3.高山・太多線でのキハ11の単行運転が実在したことになります。現在は最短でも2両編成で運行しますが、個人的には燃料費や日中の乗客の少なさを鑑みるに、単行運転も有り得るのではないかと思います。日中の列車は乗客が50人程度という列車もあります。
 撮影日が1996年の写真によると、少なくとも13時台には実在したようですね。
 ちなみにこの列車の幕は「岐阜ー美濃太田」で、これも現在はめったに目にしません。

 4.「飛騨金山行き」
 飛騨金山始発・終着の列車は、現在1往復のみです。1往復だけなら消えてもおかしくないはずですが、少なくとも下りの飛騨金山終着列車はなぜか30年以上前から下り列車1本という孤塁を維持してきました。
 それもしぶといのですが、もう一つ、2000年の写真では、現在と同じキハ47充当となっていました。キハ47による飛騨金山行きは、1999年に同車が美濃太田区へ入ってから10年以上維持されている可能性があります。
PR

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック