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鉄道関連とその沿線、中部国際空港駅発列車等を取り上げています。
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 名鉄の河和駅にもフラップ式発車標があるとの情報がネットにありましたが、2014年の8月にもまだ存続しています。同駅の発車標は、改札と2面のホームそれぞれあり、全て同方式のもので存続していました。

 


 
 
 
 
 
 


 
 
そして、河和にはもう一つ、古そうなものが存在します。それが「河和駅~河和港間の送迎バス」です。河和港に発着する船の利用客のために、河和駅との間をバスで連絡するものですが、この車両に個人的には注目しています。名鉄バスの路線の車両を目にしなくなった後、ここで類似のものを見かけた覚えがあるためです。
後方に三菱ふそうのロゴがあるので、エアロスターU-MP218系でしょうか。

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 13日の土曜日は、予告通りこんな列車に会いました。 
 岐阜から定期普通3709Dとして美濃太田まで、さわやかウォーキング開催がその先の白川口、下呂、久々野などの時はそこまで臨時列車として走りますが、岐阜で折り返すまでは上り4704Dとして運転されます。

 それを今回長森駅周辺で撮影しようと思ったのですが、それは最近、長森~那加間のページをご覧になる方が、比較的多く見受けられるためです。

  最初に良くない情報を一つ。
 
 上の写真は、長森駅東の側道から撮影したものです。
 同駅の東の最初の踏切(「山県街道踏切」)からその次の踏切(「第三蔵前踏切」)までは、線路に並行して側道があります。この側道で以前に撮影したものが左の写真ですが、以前は草の背丈が低かったのが、2014年9月現在は高くなり、長編成の撮影がほとんど不可能となりました。少々無理して撮ったものです。
  (北緯35.401372, 東経136.807012)周辺  
  
 
  以前に長編成を撮ったことがある、3.6kmポイント付近(北緯35.402894, 東経136.798750)も確認しました。
 右側面が影であることが気がかりですが、まだここは撮れるようです。 写真は3705D。3709D。東海北陸自動車道東のカーブへ行こうとして間に合わなくなり、自動車道の高架下(北緯35.399929, 東経136.816625)に決めました。太陽が線路の岐阜方向向かって左側へ移ってきた時期なので、右側からは具合が良くありません。
 特急「ひだ1号」。

おまけ
 蔵前第三踏切の東側です。この撮影場所は、恐らく何人かいらっしゃると思います。ブログ筆者は、撮影目的で訪れる方が増えることにより、地域の経済活性化につながると信じて公開しているのですが、もう一方では困る方もみえますので、詳細に書かないことにします。地元の撮り鉄の方に聞かれる方がいいと思います。

飛騨地方に大雨が降り、
 高山本線も下呂から猪谷まで運転見合わせとなり、一時は70周年に続いて80周年も暗転するかと心配したところでしたが、19日から復活し、被害が10年前よりは軽く済んだようでなによりです。
 復旧なり異常事態の中での対応をされた方々お疲れ様でした。

 そこで、80周年に便乗し、昔のプリント写真を出してみます。
1990年・鵜沼


1988年・岐阜
 40系は17:45発の飛騨金山行きで、58系の方は営業車か留置車かは不明ですが、当時の時刻表では17:45の飛騨金山行(右)の後に18:01の美濃太田行きがあり、恐らくそれではないかと思われます。


 上小田井駅、扶桑駅のフラップ式発車標は、17日にはまだ存続していました。
 ちなみに、JR東海ではリニア・鉄道館に展示されているもの以外見当たらず、名鉄でも減ることで、フラップ式発車標の時代が終わるのかと思いました。ところが、メーカー(京三製作所)のサイトでは、まだ「現役」の「フライトインフォメーションシステム」の一製品として紹介され、今後も多少可能性のある方式かもしれません。

 そう言えば「案内表示」におけるLEDとそれ以前のものと言えば、キハ85等も最初の行き先表示にLEDを試用し、後の増備車からは方向幕に変更しています。当時のLED表示では日光があたるなどすると見づらくなる印象がありました。