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鉄道関連とその沿線、中部国際空港駅発列車等を取り上げています。
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高山本線・岐阜~美濃太田では珍しいキハ25同士の行き違い
右は4721C岐阜発飛騨古川行(1001充当)
左は3734C多治見発岐阜行(1010充当)

 2月5日ということで25形の並びを。

 キハ25という形式は国鉄時代にも存在しました。
 ネットで検索すると、キハ20形式(いずれも両運転台)とほぼ同じながら片運転台
タイプの車両とのことで、他のサイトによると、美濃太田区にも1986年頃まで
数両が配置されていたそうです。

 当時は国鉄から引き継がれた樽見線、越美南線、明知線が現在のような樽見鉄道、
長良川鉄道、明知鉄道に変わる時期ですが、キハ40系列と58/28が残った以外は国鉄線の
縮小に伴う余剰車として廃車されたのではないかと思われます。

 その「キハ25」の名称が、今度は40系列を置き換えるために戻ってきたのですね。



6月に紀勢本線で試運転が実施されたキハ25-1010(M2)

 最近見たキハ25
 
 最近は1月26日に岐阜へ行く用事があり、ここでトップナンバーを引きました。
 名古屋車両区で1月31日に1010の編成、2月3日に1505の編成を見ました。
 1010はしばらく高山本線・太多線運用に入っていました。
 個人的には角付きのキハ25を期待して太多線へ行った日がありましたが、
11~14時頃の唯一のキハ25運用がこれだった
  予備車が不要となったために名古屋へ戻ったとのことです。

 同区には他に真新しい3編成がいましたが、31日には番号を確認できずに終わりました。
2月3日には1512~1514がいることを確認しました。
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 23日、城北線を走った貸切列車に乗車しました。

 昨年11月の「おらー、飲まん会」に参加した際、当ブログのキハ11愛に感動していただいた
方がおり、その方が、既に2カ月前にこの日にイベントを実施することを明言されていました。
 実はファンの数が意外に多い、ということで集客成功も考えられますが、普段の様子からは
参加者が集まった様子の想像がつかず、大丈夫かと不安も入り混じりながらスタートの勝川駅へ。

 ところが集合時刻の12時半には、同駅ホームで待機している人が多数いるではないですか。
キハ11と城北線で1往復しようとする人が30人以上。結構集まるものだと驚いてしまいました。
 

 先回「おらー、飲まん会」でお会いした方のほか、某ディーゼル掲示板を主宰されている方もいらっしゃいました。あそこには相当詳しい人たちが集まっているということは、「飲まん会」の場で教えていただきました。
 取り仕切る方が岐阜県下の某鉄道で業務に従事されている方で、別の鉄道でお勤めの方も
参加されていたそうです。

 飲まん会ということで、発車後皆さんドリンクを取り出して飲まれました。
最初からキリンを飲まれている方もいましたが、勝川~新守山の間に、庄内川に面して アサヒの工場があるので、それにちなんで私は小田井まで同社の製品を飲むことにしました。

 幹事の方が説明をなさったのち、「勝星きっぷ」と冊子を全員に配られました。


 城北線では、普段から列車内に地図と沿線の見どころを示した冊子が置かれており、それを改めて受け取ったということですが、それをきっかけに興味を持ってもらえると良いですね。
  当日の連絡事項その他を聞く間に「味美」駅と「比良」駅を通過。名古屋空港が拠点の
MRJは見られず。
 通常の定期営業列車は「各駅停車」しかないのでこれも珍しい体験でした。

 
 勝川を発車して9分で小田井駅に停車し、22分停車。
 200番台には名古屋の表示も備えられています。この線の分岐駅までたった1駅。直通列車がなかったのが何とも歯がゆいです。
 またこの間に301が定期旅客列車として反対側に発着。
 300と200の並び、また対向列車の行き違いとあって何人かが撮影していました。

 アサヒの飲料で小田井まで来ましたが、小田井から枇杷島まではあの会社の飲料に変えます。
アサヒとキリンを味美や比良で変える選択肢もあるのですが、小田井でこおたい、ということで。

 何かとこの路線との関係が深い、星の宮のキリンビアパークに敬意を表し、ファイアに。
キリンの工場の近くには「鬼ころし」製造元もあり、酒に強ければ「スーパードライ」「一番搾り」「鬼ころし」3本飲むことも考えられますが、私は酒に弱いたちなので、この日はソフトドリンクのみで過ごしました。

 小田井発車直後に徐行運転。その理由が何でもここで「赤いこんちくしょう」を見るとのこと。
下の高架を走る名鉄を指すとか。  こちらと下の「こんちくしょう」を並べて書いてきたのが約1名。 車両が高架を走っているだけに、敵視されるとヤバいですね。
 
 赤い6800系の東岡崎行普通が通過した後、新鵜沼行のミュースカイが徐行で現れました。
城北線の特別列車に合わせた演出にも見えそうですが、これは名鉄名古屋を約5分前に出る
先行の普通列車を次の西春で抜くダイヤなので、すぐ追いついてしまい、頭を押さえられて
いるためです。

 名鉄の高架を望みながら停車した後は結構な速度で走行し、枇杷島に到着。
 ここで折り返した後、上下線で高さが異なる箇所で徐行。
 勝川行の線路は高く、枇杷島行のそれが低くなっている個所です。
 稲沢線の分岐点と言われましたが、城北線はもともと貨物用の線のため、貨物列車の要衝である稲沢駅へつながる構想がありました。
 これは結局実現していませんが、仮にできていれば、この地点で同方面と名古屋方面の複線が
分岐し、稲沢方面へ向かう線を枇杷島方面からの線がまたぐ計画になっていたものと思われます。

 ちなみに、その場所からの夜景が美しいとのこと。

 そしてこの日2度めに名鉄高架を見るも列車がおらず、そのまま小田井停車。
 再び定期列車との行き違いがあります。
この時は2度ありましたが、普段はあまり見られません。

 この後、SALON KIROHAを主宰されているROKU氏が集合写真をお撮りになりました。
 スラリとして素敵な風貌で、穏やかな方でした。ディーゼル趣味界には素敵な人が
多いようですね。

 鉄道マニアとはいえ華が少ないキハ11と城北線に人が集まるのかと思いましたが、
二十数人の立派な団体だったことには驚きました。
 十五夜会の幹事の方が岐阜県の某鉄道にお勤めの方だそうですが、他にも別の鉄道勤務の方が
いらっしゃったそうで、同じ課題に知恵を絞っていそうな会社なので、団体利用を増やすことに
よって、相互に貢献するという手もあるのだなと思いました。



以前は両運転台のキハ11形による4両組成だった岐阜駅10:16発美濃太田行きに
乗車しました。

 以前と同様、上りの3710Dと3712Dで岐阜に到着した2両2編成が、同駅で併結されて
下りの3715Dとなるもので、昨年3月からキハ25による列車となっています。

 隣の4番線にはひだ号の名古屋発5号・大阪発25号(当駅で併結)も停車し、その辺りは以前と変わっていません。

 この日3712Dがキハ25-4+104で、岐阜駅3番線に到着したところです。


 この大垣方に3710Dで到着した1000番台(1002+1102)が連結されました。
その後は4両で運転されました。
 
 長森・那加間では、前2両に10人、15人程度、3両目は5人程度乗っていました。

 そして警笛が屋根上に移設されたと昨年末話題になったのですが、4-104(P4編成)、1002-1102(P102編成)とも終了していたようです。
 4の頭上にあったものがこれです。


ろばた遺跡公園

山口県下松市の日立の工場から東上する、東京メトロ16022Fの甲種輸送列車が
9日に東海地区を通過しました。

 これまでと同様、10時過ぎに笠寺駅で定期旅客列車を待避するダイヤでした。


牽引機はEF200-16です。
機関車次位の先頭車
16322
パンタ付き16422
最後部

遅くなりましたが、本年もよろしくお願いいたします。

   

 昨年は、キハ11がJR東海内では多数運用から外れ、太多線ではその後継を主に75形が、紀勢本線では25形が担っています。高山本線や紀勢本線の長距離普通は40系列からキハ25となりました。

 そして、当方は改正の後に高山本線、太多線沿線から遠ざかることになり、諸々の事情もあって更新を滞らせました。ご迷惑をおかけしております。

 今年は三重県の伊勢・志摩や中部空港に世界の注目が集まるということで、
 ある種金持ち的見方をすれば、空港が注目されるということは、空港からの鉄道の先にある街にとってもチャンスではないか、と思います。
 
 広い心でお付き合いいただければ幸いです。

   エアアジアと中部空港のビル