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鉄道関連とその沿線、中部国際空港駅発列車等を取り上げています。
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今年も3月13日となりました。  今回は313系5000番台のものを貼ります。


  昨年の13日は高山本線・太多線でのキハ11の事実上営業運転最終日でしたが、
今年はダイヤ改正が26日なので、残存の0番台はまだ少しは運用がありそうです。

 12日にまたも三重県へ行き、様子を見てきました。912C~923C、925Cが300番台のみの 単行でした。

918Cの亀山寄りに3番が連結されていました。



 久しぶりに0番台サウンドと95km/hの高速走行を体験することができました。
 キハ11-3番の車内の番号表示が、旧国鉄様式の記載方からシール張りに変更されていました。  このような番号表示は、たかが管理番号の表示ながら楷書体などの味のある書体を用いている ところが魅力ですが、違う書体でしたね。

 亀山からの帰り、南四日市で山九所有の入れ替え機を見かけました。
数カ月間貨物づいていたので、列車内から撮ってみました。
 

 その後は中央線で多治見へ。
 中央線と太多線との分岐点へ行ければそこそこいいものが撮れるのですが、
後述の「しなの」まで時間がなく、並走区間で無理やり撮ってみました。



 今回のもう一つのお目当てが「大阪行きしなの16号」。
 多治見から大阪直通が出ていたことを記念する意図で、この構図としてみました。


  

 城北線の202号の両端に、アレが施されたようです。
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 写真は昨年の七夕の202号です。
 さて、キハ11の鋼製車が東海地区で
営業するのは、この3月限りということに
なりそうです。

 城北線の202号は19日の朝の定期列車と
「ありがとう列車」、その後の回送列車を
もってこの線では終了となります。

 またJR東海の伊勢区に残る3と7と10について、ダイヤ改正後、紀勢本線と参宮線にはキハ11の運用がない(すべてキハ25・75)ので300番台は名松線のみの運用となります。また、40系列が引退すると、車体が鋼製の車両自体がJR東海ではほとんど消滅することになり、この機会に現在残っている先の3両も一掃される可能性があります。

 19日のイベントは鋼製車の引退としては唯一のものとなりそうです。
 ホームランやサッカーのゴールというよりはバントやパスといった運行ではありましたが、
これでmozoへ行ったとか、星の宮の人が名古屋へ出るのに使った等という方で賑わって
もらいたいものです。
 果たしてどうなるでしょうか。

 私の心に残ったものといえば、初めて名鉄の列車の中から電飾をきらめかせるこの車を見たことと、最後のキリンの工場見学目当てにハイキングに参加したこと、時期にマッチしたヘッドマークににんまりしたことなどです。

名鉄栄生駅では、1日の段階で、LEDの行先案内が設置されていましたが稼働はせず、
旧来のフラップ式のものが稼働していました。

 後日追記:栄生駅のものは4月の時点ではLEDのものが稼働し、それとともにホームも
リフレッシュされて新しい雰囲気となっていました。)

 それと栄生というと、あまり遠くない場所に押切交差点があります。この北西の一角に
「押切町」駅があり、名鉄名古屋駅(旧称・新名古屋駅)が開設される前の一宮・岐阜・犬山
方面への起点となっていました。

 栄生から押切交差点までは、上更交差点から交差する国道22号へ入ることになります。
この国道22号線は、東枇杷島駅の脇で名古屋鉄道線と交差するだけでなく、道なりに東
(東南)の方向へ向かうと、「新御園橋」交差点があり、それが瀬戸線の旧堀川駅に
近接しているとのこと。

 瀬戸線の堀川駅は、かつての起点で、瀬戸の陶器を瀬戸から運び、ここで近くを流れる
堀川を往来するはしけに積み替えていたようです。

 ちなみに、列車が走る前は国鉄瀬戸線と呼ばれていたのが現在の城北線で、計画時は
瀬戸から稲沢への貨物線ということでした。瀬戸といえばせともの輸送で、稲沢というと
以前から貨物列車の拠点となっていたところです。
せとものを貨物列車の拠点である稲沢へ運ぶ目的で計画されたのでしょうね。

 名岐鉄道・瀬戸電気鉄道時代のターミナル同士は、現在の名古屋駅・栄駅よりもっと近接
していたようですね。 



土曜日、海ナコのキハ25・75・95・97の留置状況を眺めました。
 キハ25はM1編成と他2編成が留置。
 M1(1009)は数日前にもありました。その前はM2(1010)の留置が続いて
いましたが、M0番台編成(1009~1012)は、やはり高山本線・太多線で使えるように
備えてあるようですね。
 キハ75も2両1編成が留置。この75は美濃太田のものです。51号~8号終了後の
留置車なのでしょうか。

 キヤ97もありました。

 そして普段はあまり気にしない85系で変わっていたのが、モノクラス5両組成の存在です。
キハ85-1104とキハ85-1の間にキハ84の5,11,204が連なる編成です。
 「ひだ」の基本編成のうち、グリーン車のない組成は富山発着列車の高山折り返し、
もしくは19号に用いられる3両、10号等の4両で、5両貫通も、ましてモノクラスというのは
「ひだ」の基本編成が4両に短縮されて(1990年頃は基本が5両だった)以来、あまり見ません。

2016年2月17日の栄生駅・行先案内表示を見てきました。
 昨年上小田井駅のものがこの時期にLEDに変わったので、昨年と似た進行状況であれば、
今年、この時期に新型表示器稼働の可能性が高いと思われましたが、同日は従来のフラップ式が
存続していました。

 ちなみに、三重県の駅を訪れたところ、近鉄には津や松阪といった主要駅でも残っている
ようですね。両駅はJRと近鉄が一体化した駅ですが、JRの方はLEDを用いたものです。