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鉄道関連とその沿線、中部国際空港駅発列車等を取り上げています。
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名古屋港大江ふ頭にいたキハ11・47・48形気動車が、28日には全てなくなっていました。27日にキハ11の船積みの様子がtwitterにアップされており、船積みが終了して名古屋港を離れたものと思われます。
 また、稲沢にいたキハ11形3両も、トレーラーに載せられて国道22号線~豊明市~安城市と移動している模様です。

 ところで、203と204がなくなると、2つの疑問が生じます。
 一つは、
 201と202の両方が稼働する時間のある城北線で、先のどちらかの長期運用離脱時の代車が何になるか
 いま一つは、東海交通事業社名義に変更される車両があるか

 ということです。

3月13日撮影
鵜沼・坂祝間
坂祝駅

 当ブログにおいては、今月、これまでのキハ11ネタにはないアクセスの伸びを示しています。ご覧になられる方、そして掲示板等で情報を提供して下さる方に感謝したいと思います。
 ある意味キハ11にもそれなりに関心を持つ人がいる、と思っています。

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  先週は、キハ11の残り3両が稲沢へ移動し、関東某私鉄へ異動かと囁かれていました。
 当方は4月から、高山・太多線にかかわることが難しい状況になったのですが、その関係の雑用があったため先週はブログを更新せず、すみません。

 twitterを「キハ11」で検索すると、22日ごろにはJR貨物の稲沢駅で留置という情報が得られました。その私鉄へ到着したとか、あるいは東海道経由であれば静岡を通過といった情報が見当たらないので、どうなったのでしょうか。

 24日に時間ができたため、再び名古屋港ポートビルへ行ってみました。キハ47・48がそれまでとは垂直の方向に向けられ、着岸している船舶に積み込まれていたようです。この時点でキハ11は13両ほど岸に残っていました。



 岸壁の入り口に「輸出電車の出荷作業」のために「線路上を電車が通行する」とされた4月15日が過ぎました。「電」車では云々、という話は別にして、東築線と東名古屋港駅より西の線路への車両通過は昨日までということですね。

 一部ひだ号の2号車連結車の種別を表す語の某掲示板に載せられた情報によると、14日にキハ11形3両と、47・48形3両が東港駅から岸壁へ送られたそうです。

 別のネット掲示板によると、そこに機関車にキハ11とキハ47(かキハ48)の並びの写真と「ミャンマーでも末長い活躍を」とのメッセージを掲載した紙片が入れられたとのこと。
 臨海鉄道なので、地味なイメージだったのですが、以前の甲種輸送の際には寝台特急を彷彿とさせるヘッドマークがついたり、遊び心のようなものが形になった場面を見かけることもあるので、それも楽しみの一つになりました。
  
 さて、美濃太田にいる残りの3両ですが、某巨大掲示板では、車体長18.5mの類似車がいる関東の会社に移籍する話が出ています。16日には建物内にいるのが目撃されています。
 100番台と比べて5年新しい200番台が残っているとのことなので、有効活用してもらいたいと願っています。


岐阜~美濃太田間と太多線では、そろそろ桜の花が終わろうとしていますが、先週は「名古屋港」が熱かったと個人的には思います。
 港の東側では、輸出される予定の車両が多数岸壁へ移動していましたが、4月10日に放送されたテレビ番組では、港の西側を走るあおなみ線(元「西名古屋港線」)最寄りのリニア鉄道館が取り上げられました。そして、13日には、名鉄の2015年度新造車両の甲種輸送が名古屋臨海鉄道のJR笠寺~名鉄東名古屋港間を早速通過。すでに動画サイトや一部ブログ等が公開されました。一部特別車特急用2210×6両と一般車両3167×2両とのことです。

  が、名古屋臨海鉄道はひとまず脇へ置き、11日に乗車したあおなみ線、地下鉄名港線周辺を記します。
 
 同館へのアクセスである「あおなみ」線。この路線は、名古屋駅から中島駅にかけて鉄関係施設があります。名古屋駅発直後は車窓に近鉄の特急車群、次いでJRの85系、75系と、211系や313系電車、時にはキヤ95・97が見えてます。
 「あおなみ線」の運営会社は「名古屋臨海高速鉄道株式会社」で、JR東海と別にはなっていますが、笹島ライブ~小本間では両サイドがJRの線路に挟まれた中を走り、この「異質」さが私にはたまりません。
 荒子付近では地下鉄東山線の車両が地上におり、車窓から見えます。また、あおなみ線の荒子~中島間が名古屋貨物ターミナル駅にあたります。


 あおなみ線稲永からガーデンふ頭にある築地口交差点(地下鉄名港線築地口駅)まで道路が通じています。






   これ以後は名港線の名古屋港駅などがあるガーデンふ頭の話をします。築地口駅の出入り口前の地図に、「日本国有鉄道名古屋港線」が昔の国鉄を示す線で示されていたので、そこまで歩いてみました。
 4番出口から国鉄(現JR貨物)名古屋港線線路付近まで歩いた後、北へ行ってみましたが、鉄道らしい信号機や勾配標が見えるものの、どうも鉄道線らしい写真が撮れないように思いました。
 この脇へ回ると、こちらでも地下鉄の車両が地上に留置されていました。厳重に柵が設けられていました。

 
  結局築地口駅から北へ回ったのち、ぐるりと一回りして道路の金城埠頭線に戻ってきました。
 この通りからJR貨物の駅を見下ろすと、いかにもそれらしい施設を見てとれます(左写真)。

 この駅へは、現在は機関車けん引の無動力でレール輸送用のキヤ97が出入りするらしいですが、JRになってから、この名古屋港線がナゴヤ球場に近接した地点を通過していたため、球場近くに「ナゴヤ球場正門前」駅を設けて野球観戦客を輸送したといわれ、その際には同駅から回送された80系や58系がここに並んで待機したそうです。

 キヤ97といえば、深夜に高速走行する際のサイドビューは、あたかもつっかけが飛んでいるかのようで怖いですね。

今回、ここまで長くなったので、東側の名古屋臨海鉄道については、省略します。


先週、キハ11・47・48が続々と名古屋港へ移動し、私も動向が気になっていましたが、土曜日にはこのようになっていました。

 
 今回の舞台となった、名古屋臨海鉄道・名古屋鉄道の東名古屋港について、私はこれまで地下鉄の名古屋港と全然結びつけたことがありませんでした。
 岸壁のほうに延びる線路の、堀川をはさんだ西側は、地下鉄名古屋港駅のある「ガーデンふ頭」の先端にあたる場所ですね。
 そこでまずは、ガーデンふ頭の「展望広場」(「名古屋港のホームページ」による)から東側を眺めました。

 左下に運転台のない側を向けた気動車が見えます。(このクルマのみ他と離れており、上記の写真には写っていません。)
 これより北に車両が多数ありそうな感じでしたが、この展望広場からは、北へ行っても障害物があり、またこれ以上東へも立ち入り禁止となっているようでした。











 地上から車両全体を眺めるのは難しそうだったので、展望台へ登りました。













せっかく展望台に上ったので、景色を見てみます。
東向き
南向き 「名港トリトン」  そういえば昔、横浜市のベイブリッジにあこがれたことがありました。